ニートは働けとかいうけどさ、働くことは偉いことなのだろうか?【ニートの思うこと】

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まいど、黒井です。

ぼくは定職についていません。それどころかアルバイトの経験もないし、可能な限り働きたくないと考えている、俗にいう「ニート」です。

働きたくないというより・・・

働くのが怖いということなんですけどね。

だったら自分でお金を稼ごうと思い立ち、去年にはブログを始めました。現在は月5〜6万円ほどのお金を稼いで暮らしています。

もちろん実家ぐらしのスネカジリです。

工夫すれば月10万円ほどのお金しかなくても充分に生活することのできる現代で、まったく仕事をしていない「ニート」にならともかく「フリーター」にまで「働け」と言う意味が、ぼくには分かりません。

世のため人のためというより・・・

自分と同じ苦労を味あわせたいだけじゃないの?

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相手が「少数派」ならどんなに叩いても許されます。なぜならみんな「多数派」であるあなたの味方だからです。

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日本はちょっと間違った民主主義で社会が成り立っているのではないかと思うんですよ。

そこには「多数」であればそれが正義と認められ「少数」である人間をおかまいなしに叩いていい、という暴力的な概念が根源にあるように思います。

民主主義ってのは本当にそういうことなんだろうか。

このツイートを見て、ぼくなりに、ちょっと考えてみたんです。

変わった考え方を持つと「少数派」となり、自動的に「生きづらさが増す」という仕組みはどうにもおかしい。

「それが民主主義だ!」

と言われちゃったらそれまでだけどさ。

何の事情も知らずに少数派の人たちを一括りにして「ニートは働け」なんて言うのは、自分が多数派に属していることを悪用した悪口ですよ。

他にも「うつは甘え」とか「童貞は仕事できない」とか。

タチが悪い。

その考えは「少数派」の人間や「弱者」を目の敵にして「イジメ」ていることに他なりません。

だから「イジメられている側に責任がある」とか言っちゃうバカが出てくるんだよ。

イジメてるほうが悪いに決まってんじゃん。

たとえ彼が「根暗」で「なよなよ」していて「自分を上手く表現できない」としても、イジメっ子に対して無害な彼に「暴力」を振るったり「悪口」を言っていいハズがない。

では・・・

少数派の人たちは生きていてはいけないんでしょうか?

うーん。

ぼくはそんな狭い世界はイヤだなあ。

正直な気持ちを隠しながら生きなければならない社会は、なんというか本末転倒ですよ。

まず「人」が集まってきて、そこに「必要な大きさの社会」が形成されるのがふつうでしょう。

それなのに、もうすでに充分に便利な社会を、より大きくするために「苦しい思いをして」人が働いている現状は、ぼくには本末転倒のように見えます。

まあ、

他の国との兼ね合いだったり、グローバルな競争があったりして、日本もいまさら手を引くことなどできないんでしょうけどね。

さすがに「全世界が一斉にスピードを落とす」のはむずかしい。

でも「スピードの速い世界」と一緒に「スピードのゆるやかな世界」があってもいいはずですし、それぞれのスピード感に「向き不向き」があってしかるべきです。

完全に働かない。

という選択はどうかと思いますが、お金がなくなったら働き、ちょっとお金を貯めたら引きこもって生活をする、というような生き方があってもいいでしょう?

結局ね、

「ニートは働け!」

などの少数派への全体攻撃をする人って「俺は頑張ってるのに」とか「俺と同じ苦しみを味わえ」という心理で悪口を言っているんですよ。

あーあ。

性格悪いね。

そういう社会人が世の中にたくさんいるから、余計に「働きたくない人たち」を怖がらせているということに、どうして気がつかないんでしょう。

何にも考えてないのかしら。

あとがき

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世の中では「個性を尊重する」とか言っていたりしますけど、実際のところ、個性が尊重された試しはありません。ぼくは小学校でも中学校でも虐げられてきましたし。

あと10年もすれば、飲食店勤務とか工場勤務とか会社員のやる仕事はほとんど「ロボット」に取って代わられて、仕事はすべて「人間的なリソースが求められるもの」になります。

その時代が来たら、いまのように「とりあえず働いていれば食いっぱぐれることはない」とか「しょうがないから働く」と考えている人は一気に職を失うでしょう。

本当の意味で「個性が尊重される社会」はこれから訪れる。

そう信じてぼくは今日も「少数派」として生きています。

自分も少数派だ、それでずっと悩んできたという人は、勇気を出してブログを始めてほしいんです。もしブログを始めたよという人がいましたら、コメントなどでお知らせください。必ず見に行きます。

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3 件のコメント

  • 「俺は苦労したから、お前も苦労しろ」は、日本では当たり前のように浸透していますからね。この考え方は、足の引っ張り合いでしかないですよ。

    他人にまで苦労を強要するやり方は、いじめと言ってもいいですね。そりゃあ、いじめをされたら、誰だって嫌になってしまいますよ。
    私の父もこの傾向があるので、最近では距離を置くようにしました。

    少数派の人を潰して、多数派だけが生きやすい世の中と言うのも、おかしな話だと思います。個性を尊重すると言って、多数派に同調するよう仕向けられているところがありますよね。

    どこかでボロが出ると言うか、もうボロが出ていますよ、現代社会は。

    • コンコンさんへ。
      コメントありがとうございます!そういう空気ありますよねえ。足の引っ張り合いでしかありません。会社や社会のグチをこぼすなら、いっそのこと「反発」してほしいものです。

      ぼくは自分自身がニートだから「ニート贔屓」なのかもしれませんが、ぼくはどうしても「現代社会において自らの意志でもって心の底から働きたいと思っている人」などどこにもいないのではないかと思ってしまいます。

      ニートは必ずしも「とにかく働きたくない」わけではないと思うんです。あの有名な「働いたら負け」という言葉もそうです。本当に「働いたら負け」なのかもしれない。それじゃ何も変わらないのかもしれない。

      • 黒井さん、返信ありがとうございます。
        確かに、「現代社会において自らの意志でもって心の底から働きたいと思っている人」は、居ないかも知れませんね。
        周りがそうだから、学校を出たら働かないといけないから、と思考停止に近い状態で働いている人達も居るかも知れませんね。
        安定した働き方で働け、と周りに言われることがあるので、この『働け』の言葉が人を苦しめるだけの呪いの言葉に聞こえてしまいます…。
        安定した働き方も何も、本人の体力や性格に合うやり方を尊重しないと、何も長続きしないですよ。

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