速読はつまらない!読書はゆっくり味わうものだ。

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まいど、黒井みなみ(@961373)です。
「読書法」といえば「速読」ですよ。どこを見ても「速読」とある。確かに誰しもが時間に追われている「現代」では「ゆっくり読む」ことよりも「速く読む」ことのほうに需要がありそうです。

でもね、ぼくは「だからこそゆっくり読もうよ」と思うんですよ。近年「読書の楽しさ」を説くひとをあまり見かけない。

ゆっくり文字を読み、少しずつ内容を理解していくことや、小説の世界を頭のなかに構築していく「快感」があるということを思い出すためには、本を「ゆっくり読む」しかないんです。

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ぼくはソレを読書とは呼びたくない!

スケッチブック-バツ

ページをパラパラとめくって「読み終わりました」なんてドヤ顔してるのをテレビなどで見かけると、ぼくはイライラしてしまう。

そんなの読書じゃないよ!

そう言ってやりたくなるんです。

内容をただ「理解」するだけ、情報を「処理」するだけの「行為」を「読書」とは呼ばない。誰が何と言おうとぼくはソレを読書とや呼ばないし、呼びたくない。

読書とは読む「時間」のことだ。

ぼくは「読書」とは「本を読むこと」ではなく「本を読んでいる時間」だと考えています。

「読書の良し悪し」は、その本を「いかに速く読むか」で決まるものではありません。「その本といかに幸せな時間を過ごすか」で決まるんです。

時間がないのは分かります。

仕事は忙しいし、読書のほかにもやりたいことはたくさんあるでしょう。現代は「娯楽」の宝庫です。

スマホひとつあれば、電話はもちろん読書もできるしインターネットの閲覧もできる。SNSでひとと繋がることもできるし、面白そうなゲームが数えきれないほどあります。

でも、読書だけは「ゆっくり」と行われるべきだと思うんです。

読書は「食事」である。

読書を「食事」であるとしたとき「速読」とは、すなわち「早食い」です。一見すると効率の良い「摂取」ではありますが、とても「健康的」であるとは思えません。

味の素のコマーシャルでは・・・

あなたは、あなたが食べたもので、できている。

AJINOMOTOのテレビコマーシャルより

 

というキャッチコピーがつかわれています。

ぼくは「読書」にも同じことが言えると思うんです。

「食事」について語るとき、あなたは「いかにたくさん食べるか」ということを取り上げますか? そんなひとはいませんよね。「いかに速く食べるか」について取り上げるひとも、まあいないでしょう。

問題は「何をどのように食べたか」であって、それはそのまま「何をどのように読んだか」と読書に置き換えることができます。

 

ゆっくり読んでもいいんだよ。

縦書き-小説

ぼくは長年「読書が不得意だ」と感じながら生きてきました。小説を書くのはスキだけど、読むのはあい変わらずニガテだなあ、って。

でもそれは「本を速く読むこと」を基準としたときの「不得意」であって、本当は「読書に得意も不得意もないんだ」「自分の好きなように読めばいいんだ」と思えるようになって解決しました。

読書は「速く読めない」からニガテだ。

もしもあなたがそう思っているなら、それは非常にもったいない!

「読書」とは「本と共に過ごした時間」なのであり、本来なら「速くたくさん読めるかどうか」ではなく「楽しいかどうか」で判断されるべきものだ。

ゲームは不得意だけどスキです。

という言葉を聞くことはあれど、

読書は不得意だけどスキです。

という言葉を聞いたことはない。

現代人には「読書は娯楽なのだ」という基本的なことを思い出してほしい。だから「得意か不得意か」「たくさん読めるか読めないか」「速く読めるか読めないか」で良し悪しを決めてはいけないんです。

読書の評価は「本と共に過ごした時間」の「楽しさ」や「幸福度」で決めるべきです。

本をゆっくり読むことで、自分のペースで読み進めることで「楽しさ」を味わえるのなら、迷わず「ゆっくり読む」ことを選択してほしいのです。

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