誰かを好きになることは誰にでも保証されるべき権利でしょ?

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まいど、黒井です。

前回の記事「彼女は生きていた」で告知したとおり、彼女がぼくと連絡をとれなかった理由と、その理由についてぼくの思うところをここに記します。

前回の記事をまだ読んでいない人は、どうか先にこちらをご一読ください。

彼女は生きていた。

2017.06.18

 

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【あらすじ】彼女との連絡がとれなくなりました。

2017年3月28日のブログ記事に書いたとおり、ある日突然、彼女との連絡がつかなくなりました。詳しく知りたい方は当時の記事をご覧ください。

彼女が自殺をしてしまったかもしれない。

2017.03.28

 

「わたしは親の操り人形みたいなもの」

彼女がよく口にする言葉です。そのとおり彼女は「操り人形」を演じています。持病があり、長時間の労働ができないことによって金銭的に自立をすることが困難な彼女は、いつからか「親に嫌われたら家を追い出されるんじゃないか」という恐怖を抱くようになったのだと思います。

ぼくも似たような境遇なので、同じ恐怖の只中にいます。いつまでもあると思うな親と金、なんて言いますが、親は親で、自分たちの老後が心配でしょう。そのなかで「本来なら自立しているはずの息子・娘」という存在に、危機感を抱くことも十分にあり得ます。

彼女はぼく以上に両親に対して「自分の感情を表現すること」ができないようなのです。ぼくは彼女の両親に会ったことがありません。しかし話を聞いている限りでは、彼女と両親の関係は、親子というより王様と奴隷のようなもの。

彼女は癇癪を起こした母から「サンドバッグ」のように罵声を浴びせられるとのこと。これは彼女の表現です。

一緒におやつを食べたりなど、仲が良さそうに感じられることもありますが、彼女の母親は、基本的に娘が自分の思い通りにならないと気に食わないようなのです。

半ニート野郎との恋。

これまでは「ニートブロガー」としていましたが、ぼくはブログから収益を得ているのでニートとは言えないかもしれない。ということで「半ニート」としました。

「働きたくない」という心理状態はニートと変わらないんですけどね。

彼女はぼくの存在を両親から隠すようにしていました。それはぼくがニートだからではなく「過干渉な両親への対処として」ということです。

そんなぼくの存在が、両親に気付かれてしまったようなのです。

質問攻めをしてからの否定。

彼女はおそらく、母親から「ぼくに関すること」で質問攻めを受けたのでしょう。恋人、なかでも「彼氏」に関する質問ですから、当然「仕事や年収のこと」なんかも聞かれたんだと思います。

そして、真っ向から否定してくる。

この「口撃」により、彼女はぼくと連絡をとることをしなくなってしまったのです。

押し付け・決め付けという暴力。

これまでも「質問攻めからの否定」は何度もあったようです。体力的にも精神力的にもフルタイムでの仕事に苦しめられている彼女は、ことあるごとに「休みたい」「できれば仕事を辞めたい」ともらしていました。

ぼくはそのたびに何だか申しわけのない気分になりました。男として恥ずかしいというのは性差別的ですが、苦しんでいる彼女に対してぼくができることは、ほとんどないに等しい。 

ぼくが頑張って働いて彼女の分までお金を稼ぐということもできないし、かといって「つらいなら辞めればいい」なんて無責任なことは言えない。でも彼女の気持ちは大切にしたい。

ぼくはまず「精神的なつらさは考え方が変われば多少抑えられるかもしれない」ということを話して、それから「でもつらかったら辞めるのではなく休職するという方法もあるのでは?」と提案した。

いっぽう彼女の母親は、これも真っ向から否定をしたようです。

あんたこんな年で無職になんてなっちゃったらもう就職できないわよ。つらくても仕事をしなくちゃいけないの。仕事を辞めるなんて許さないからね。

想像ですが、おそらくこんなことを言われたんだと思います。

彼女の母親の考え方は「ある一点を除いて」間違ってはいないのではないかと感じました。その一点とは「自分の考えを他人に押し付けて答えを決め付けている」ところ。

誰かを好きになることは誰にでも保証されるべき権利でしょ?

大事な娘とブロガー(笑)が付き合っているだなんて知ったら、腹の虫が収まらないのもムリはありません。ぼくが人の親であったとしても、やはり複雑な気持ちになるでしょう。

でも誰かを好きになることは誰にでも保証されるべき権利です。たとえ自立ができていないからといって、その権利を親が剥奪できるものではありません。

ぼくと彼女はまるで「ロミオとジュリエット」のようだ……なんて言うほど神聖なものではありませんが、ぼくらの恋愛はこれまで自分の意志で生きることができなかった2人の、はじめての「意志」なのです。

彼女の心の在り処。

その芽生えたての「意志」までもを摘み取り、彼女を取り囲っておいて、一方では「私たちが年金暮らしになったらあんたを養ってはいけない」と自立へのプレッシャーをかける。いわゆる「ダブルスタンダード」のようなやり方です。

ぼくにはその行為が彼女の主体性というものを奪うだけでなく、それを抽象的で複雑なかたちに歪めるものに思えてなりません。

その結果、彼女は「操り人形」と化してしまったのかもしれない。

【あとがき】あっちこっち。

主体性を歪められた彼女の心はいつもあっちに、こっちに、と「誰かの言いなりで」揺れ動いており、そのため唐突に連絡が取れなくなったり、いきなり「別れよう」と言ってきたりする。そう考えると納得できるんですけど、どうなんでしょうねえ。

と、彼女を分析するようないやらしい文章を書いてしまいましたが、果たして彼女は許してくれるだろうか。まったく相談せずにこの記事を書いたわけではありませんよ。でも彼女が傷ついてしまわないか、少し心配です。

ただ、ぼくも彼女と同じような境遇にあるので「ダメ親」とまでは言わないけど、人の気持ちを考えてあげられない押し付けがましい人には、怒りを感じずにはいられないのです。

感情に任せて書いた記事でしたが、最後までめげずに読んでくださったかた、本当にありがとうございました。ついでに他の記事も読んでいってくれると助かります(笑)

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2017.03.13

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2017.02.14
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