ニートのぼくが「働きたくない理由」と「ニートでもできる仕事」について。

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まいど!黒井(@961373)です。

最初に言っておかなければならないことがあります。タイトルのとおりぼくはニートですけど、ぼくには収入があります。

その収入源が、このブログ。

でもぼくは未だに「働きたくない」と思っています。ブログから収益を得るようになった今でも自分の書きたいこと以外は書かないと決めているんです。

ぼくはこれまでニートのテンプレートとしての、あるいはニートの記号としての「働きたくない」を使ってきました。

しかし最近になってぼくはただ漫然と働きたくないと考えているワケではないということに気が付いたんです。

おそらくこの感覚はぼく以外の多くのニートにも共通しています。

単純明快に働きたくないと思っているのではなく、本当は、胸の奥に、れっきとした働きたくない理由があるハズです。ただそれを言葉にするのはとてもむずかしい。

だから「働きたくない」と言うんです。

これまでのぼくのように。

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ニートは「働きたくない」ワケじゃないんです。

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ぼくが自分はただ漫然と働きたくないと思っているワケじゃないと気付いたのは、ある日、ブログを書いていて違和感を覚えたからです。

楽しい仕事と楽しくない仕事。

仕事には2種類あります。それは楽しい仕事楽しくない仕事です。ぼくはこれまで簡単に働きたくないという言葉を口にしていましたが、あるとき、違和感を覚えたんです。

ぼくはブログから収益を得ています。ということは、ブログはぼくにとっての仕事であると言ってもいいハズです。でも心理的にはそうではありませんでした。

楽しいんですよ、ブログ書くの。

能力を活かせる仕事と活かせない仕事。

むかしから文章を書くのは割に好きなほうでした。ぼくの性格の問題なのか、何事もやりすぎると突然イヤになっちゃうんですけどね。

自分に文章を書く能力や才能があるとは思いません。でも文章を書いているときには自分のできることを活かしているという充足感があるんです。

仕事には2種類あります。それは自分の能力を活かせる仕事活かせない仕事です。

まず、ぼくはみんなと一緒に何かをすることが幼いころからニガテでした。どちらかといえばひとりでレゴブロックで遊ぶことひとりでピアノを弾くことのほうが好きあり、また得意でもあったんです。

仕事が「楽しいか・能力を活かせているか」を軽視してません?

大人はみんな誰か・何かのために働いています。家族のためであったり、お金のためであったり、世間体のためであったり。とにかく自分ではない誰か、あるいは何かのために働いているように思うんです。

それどころか……

好きなことを仕事にしていたり、好きなことを仕事にしたいという人を「叩く」傾向すらあります。世の中はそんなに甘くない。現実を見ろ。とかなんとか言って。

そうやって他人を「叩く」ひとは、おそらく自分の仕事に満足がいっていないんでしょう。お前も同じ目に遭えばいいんだと思っているんでしょう?

それは楽しいかどうか・自分の能力を活かせているかどうかは関係ない。とにかく働くのだ。という社会的な圧力へのささやかな反発であるようにも見えます。

今の仕事、楽しいですか?

自分を活かす充足感、ありますか?

楽しくて自分の能力を活かせることは「誰だって」やりたいものです。

ぼくはブログを書いていて「楽しい」という気持ちになることがあります。また「自分のできることを活かしている」という充足感を得ることもあります。

でもブログはぼくの仕事です。

そしてぼくは「働きたくない」と言っている。いよいよ言行に矛盾が生じてきました。お前は働きたいの、働きたくないの、どっちよ。

楽しくて自分の能力を活かせることは誰だってやりたいんですよ。それはニートだろうが引きこもりだろうが関係ありません。

つまりニートのいう「働きたくない」とは楽しみを感じられて且つ自分の能力を活かすことのできる仕事や社会が存在しないということだったんです。

少なくともぼくにとってはそういう理由で「働きたくない」と言っていることが分かりました。この記事を読んでいるニートの方、あなたはどうでしょう?

ぼくが「働きたくない理由」について。

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ぼくは毎日9時間も働けません。

経済協力開発機構(OECD)の調査では、日本人の勤務時間は1日当たり9.1時間だそうです。ぼくがマトモに動けるのはせいぜい3〜4時間なので、毎日9時間というのはとてもムリでしょう。

日本の労働基準法で定められている法定労働時間は「1日8時間」の「週5日」です。しかし現実においては「この数字が最低ラインである」かのように扱われています。

毎日9時間の労働では、ぼくは楽しみを感じるどころか、とにかくぶっ倒れないようにしなければと常に不安を抱えながら働くことになるでしょう。

集中力だってそんなに長くつづくワケがありません。どうしたって生産性にムラができます。生産性が著しく低下することもあるでしょう。

以上のことから、毎日9時間の労働に対してぼくが働きたくないと考えるのは、ある種の防衛本能であると分かります。

ぼくは他人の目があると萎縮して何もできなくなります。

またみんなで一緒にというのもニガテです。同じ空間に他人がいると萎縮し、動悸が起こり、手足が震えてしまいます。この状態で働いてもロクなことはありません。

2014年のことになります。

ぼくは父の勤める自動車の整備工場で1ヶ月だけお手伝いをしたことがあるんです。工場ではつねにコンプレッサの唸る音がし、自動車のエンジン音がし、あまりの騒々しさで、頭がくらくらするほどでした。

ぼくは事務所でパソコン作業をしたり、古タイヤをカットしたりしていたんですが、普段ではありえないミスばかり犯していました。

もっとも記憶に残っているのはカッターで指を切ったことです。ぼくはよくカッターや包丁を使いますが、刃物で指を切ったことなど一度もありませんでした。

それが社長の「早くして」のひとことで体の言うことが効かなくなり……スパッと、やってしまったんです。

社会はうるさすぎます。

ぼくは昔から母に「どうしてそんなことに気がつくの?」と言われることがありました。ぼくは余計なことに気づいてしまう人なんです。

それは自分ではコントロールすることができません。緊張すればするほどぼくは敏感になります。生まれながらの草食動物なんです。

きっとニートの多くは草食動物なのだと思います。感性の敏感な人にとって現代社会は「嵐」です。嵐を嵐と感じないくらい鈍感でなければ、生きていくのはむずかしい。

敏感な人間は嵐に恐怖し、呑まれ、気分を悪くします。恐怖に手足が震え、動悸がし、頭痛や腹痛が起こり、吐き気をもよおし、場合によっては昏倒してしまうんです。

いつ「嵐」に出くわすやもしれないと思うと、ひとりで何処かへ行くことはおろか、ひとりで玄関の外に出ることさえ恐ろしい。

アメリカではHSP(Highly Sensitive Person)と呼ばれる敏感すぎる人々にとっては、社会のなかで生きていくことそのものが大きな負担となってしまうんです。

ひとりで何かをするという選択肢もあります。

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感性が敏感すぎて、刺激的な社会で生きることが困難であっても、ひとりで何かをするという選択肢が残されています。

【1】在宅ワーク【ひきこもりでもできる】

たとえば日本最大級のクラウドソーシング【クラウドワークス】などの在宅ワークのマッチングサービスを使えば、外に出られなかったり、人とコミュニケーションをとるのがニガテでもお金を稼ぐことができます。

【2】ブログ【好きなことをお金に】

ぼくと同じようにサーバーをレンタルしてブログをやってみるのも1つの手です。広告を掲載すれば収入にもなります。

ちなみにぼくはエックスサーバーというレンタルサーバーを使っています。初心者はコレを使うことをおすすめします。人気なので分からないことがあってもネット上にいくらでも解説記事がありますからね。

【3】せどり【外に出られるならコツコツ堅実に稼げる】

ぼくはやったことがないので解説できませんがせどりをするのも1つの手ですよ。外に出られるなら誰でもできます。

ブックオフなどで掘り出しものの中古本やゲームを購入して、ヤフーオークションなどで販売し、その価格差を利益とするのがせどりです。

せどりにはアルティメットせどりという教科書があります。

ニートは好きなことでお金を稼ぐことを考えてみよう。

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上に紹介した3つのニートでもできることは、すべてインターネットを使った仕事です。インターネットを上手に使えば、ニートやひきこもりやコミュ障でも、お金を稼ぐことができます。

ニートの生きる道はインターネットにある。

と、ぼくは考えています。

好きなことがあれば、その情報を惜しみなくブログに書いてみる。慣れてきたら関連する広告を載せてみる。自分の好きなことを誰かと共有するのは楽しいですよ。

また、ネット上ではマイナーであればあるほど、その情報をお金に換えやすいところがあります。ちょっと調べたくらいでは分からないマイナーでニッチな情報こそ、コアなファンやオタクにとって「ありがたい」ものですからね。

関連本は京大卒ニートとして有名なPhaさんの著書です。ニートが自分らしく生きていく方法について書いてあります。またニートに向いてる人、不向きな人、というお話も面白かったです。

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4 件のコメント

  • 相変わらず、オウチで楽していたいことへの正当性をあれやこれやと語っていますね。
    だからいいのよ、そのまんまで。
    でも本当は怖いんでしょ?年を取ったらどうなっているかとか。
    私のお祖母ちゃんがよく言ってたわ。
    「金儲け(お仕事)と死に病(死に至る病)ほどしんどいことはない」
    う~ん、明治生まれの人はいいこと言うわね。

    • eggさんへ。
      コメント早いですね。ありがとうございます。

      ブログを書くことが「ラク」かどうかは、やってみてから判断して頂きたいものです。知らないものを否定するのは簡単ですがね。チャレンジしてから言いましょう。

      未来に恐怖を抱くのは当然ですよ。eggさんも将来にまったく不安を抱いていないはずはありません。

      それに将来性の話をするなら「会社員」のほうこそ、不安や危機感を持つべきです。会社に勤めていれば将来安泰だと考えていると、足をすくわれますよ。

      明治生まれの人は良いこと言いますね。でも時代は変化しています。その言葉がいつまでも正しいかは分かりませんよ。

  • 初めてコメントします。
    個人的に、黒井さん面白い文章書かれるので応援してます。
    社会の声というか会社がうるさすぎるというのは結構共感できますね。
    体が強ばって動かなくなります。

    • かかしさん、はじめまして!
      コメントありがとうございます!

      ぼくは生まれつき「うるさい場所」がニガテでした。それがイジメに遭うことでより強化されてしまって、その日の調子にもよりますが、視界に人が見えただけで吐き気を覚えることもあります。

      聴覚的なうるささだけじゃなくて、都会は視覚的にもうるさいんですよね。ギラギラしていて。

      これからもよろしくお願いします。

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