最近の若者は!と「若者批判」をするべきでないたった1つの理由

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ぼくは今年で25歳になる「ザ・ゆとり世代」の人間です。

が、ぼくは「中学2年生」までしか学校に通わなかったので、正直、最近の若いひとのこと、まったく分かりません。

平気な顔して遅刻してくる、とか、本当なの?

もしも「遅刻」が本当なら、さすがにそれはなあと思いますけど、それでも「若者批判」はすべきではありません。

理由はたった1つだけ。

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少子高齢化が進もうと社会の主役は若者だ。

どんなに少子高齢化が進み、若いひとが少なくなっても、社会の主役は若者であるべきだと、ぼくは考えます。

そうでないと未来がないからね。

言っておきますが「30代後半」とか「40過ぎ」のおっちゃん、おばちゃんのことを「てめえらは脇役だ!」と言っているのではありませんよ。

自分の人生の主役は自分さ☆(キリッ

とか、臭いセリフは抜きにして、

若者に「根性」があるとかないとか、若者に「社会的な常識」があるとかないとか、とやかく言う声をよく聞きますが、それ、鍛えたり、覚えたりするものでしょ?

ドラゴンクエストなどのロールプレイングゲームに出てくる主人公(プレイヤー)も、敵と戦ったり、経験を積んだり、武器や防具を揃えたり、魔法を覚えたりして強くなりますよね。

彼を強くするか、弱いままでいさせるのかって、上司の腕の見せ所だと思うんだけどなあ。

Twitterを見ていても、

「ああ、今年の新人くん、使い物になんねえー」

みたいなツイートをよく見かけますけど、おかしくない?

先輩は新人より多くのお給料をもらっていますよね。そのお給料には「新人の育成」という仕事への対価も含まれているはずです。

それなのにインターネットというオープンな場で「使い物になんねえー」なんて書き込んじゃう。ぼくが社長なら・・・

お前のほうが使いもんになんねえよ・・・

って、思いますけどね。

何のために給料を上げたんだよ、って。

かくいう私は”ニート”なんですけどもね。

ぼくは「いずれは起業したいな」くらいにしか考えていない「ニート」です。だからぼくの言葉には信用はおろか説得力すらないと分かっています。でも「ニートの戯れ言だ」と思って聞いてくださいよ。

会社は「回る」ものですよね。

上手に、きれいに、ブレ無く回っている会社は、不景気にあっても大きくなっていくと思います。会社という組織の持つエネルギーって、遠心力だと思うんですよ。

社長がひとりで全部できるなら、会社を「回せる」のなら、社員を雇おうとは思わないわけですよ。

だから「ずっと回り続けている企業」というのは、古いものを捨て、どんどん新しい人材、新しいアイデアを取り入れようとする「新陳代謝の良い企業」でしょう?

風通しの良い企業、というのも個人的にはしっくりきます。

このとき大事になるのって、やっぱり「若いひと」だと思うんですよ。

  • 若いひとをどう育てるか
  • 若いひとにどう活躍してもらうか
  • 若いひとにどうのびのびと仕事をしてもらうか

ぼくは以上の3点が大事なんじゃないかしら、と思っているんですが、どうでしょうか。

ようするに「若いひとを育て、活かす」こと。

若いうちから「この会社なら何でも自分の意見を言っていいんだ」と思わせることって、すごく大事だと思うんだよなあ。

こういう心理って、いちど「とざされて」しまうと、再びこじ開けるのがむずかしいからね。

そりゃあ、これまで学生だったひとがいきなり社会に出て「社会のルールが分かっていない」とか言われても、

「そりゃそうだよ、来たばっかりだし」

って、なっちゃう。

事前に勉強しておくこともできなくはないけど、10代の頃とか、20代前半に、自分の将来を見通して先々の勉強をしているひとなんて、そうそういませんよね。ぼくもそうだし、きっとあなたもそうだったはずです。

大事なのは、若い芽に「水を与えて育てること」であって、けして「いきなり多くの果実を望むこと」ではないでしょう。

と、ニートが申しております(笑)

最近の若者・・・が、正しいこともある。

若者というのは、いつの時代も「今」の空気を存分に浴びて育った人たちです。

その時代の空気を、幼いころから吸い続けている「若者の感性」は「間違っている」より「正しい」ことのほうが多いはずですよ。

社会のほうが固くなって変化についていけていないんじゃないの?

たとえば、

最近の若者は「飲み会を断る」なんて言うじゃないですか。

以前の記事にもあとがきで書いたんだけど、いまの若いひとって、生まれたときから「不景気」の只中だったワケですよ。

だから「お金の大切さ」と同時に「お金の無力さ」も知っている。そういう感じがするんですよね、少なくともぼくは。今の若いひとって、めちゃくちゃシビアな世界を生きてきたはずですよ。

その若いひとが「嫌だけど仕方なしに行く飲み会」より「自分に時間を使おう」と考えるのは至極当然なことだし、世界的にも、そういう方向へ進んでますよ。

人生が豊かにならない理由は「お金」じゃなくて「時間」ですよ。

2016.05.22

時間とは命です。

嫌だけど生きるためにしかたなく仕事に命を差し出す時代は終わりますよ。

面倒くさいけどお金になる仕事というのは、すべて機械に取って代わるでしょう。これからは「人間的な資源」が物を言う時代です。

それは人材ということじゃなくて「情熱」や「没頭」のこと。

仕事は「与えられるもの」から「生みだすもの」へと変わっていくでしょう。

しかしこの変化に(認知しているか潜在的なものかは置いておいて)気づいているのは、一部の起業家や若いひと「だけ」という感じですよ。

正直なところ、いまの日本の社会がその流れにすーっと乗っかっていく姿を、ぼくは想像することができません。

あとがき

無知で底辺な糞ニートがこんな記事書いてしまってすみませんでした。でも書きたかったんですよ。合ってるとか間違ってるとか、綺麗事だとか、そういうことじゃなくて、ただ自分の思っていることを書きたかったんです。しかし書きたいことを書くというのは幸せな行為だなあ。

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