勝ち負けでものを見た瞬間から「不幸」が始まるんですよ:お前みたいな負け組にはなりたくないと言われた話。

広告

まいど、黒井です。

ぼくは「引きこもり」の「実質ニート」です。

おまけに「うつ病」だし、そのくせ病院には行っていません。怖いんだよなあ、病院。

さらに「中卒」ですよ。

未来には一切の展望がありません。

でも「去年」と比べたら「いま」のほうがちょっとだけ「幸せ」ですね。

なぜでしょう。

それは「勝ち負け」を考えないようにしたからです。

広告

弟に「お前みたいな負け組にはなりたくない」と言われました。

s__shared_img_thumb_freee151108078895_TP_V

弟に言われたんですよ。

お前みたいな負け組にはなりたくない。

ってね。

でもぼくは何も感じなかった。

自分が世間的に「負け組」なのは分かっています。

でもぼくが「負け組」になってしまったのは、いくらか自己責任の部分もあるかもしれないけど、仕方のないことだったとも思うんですよ。

ぼくは典型的なイジメられっ子です。

あなたのクラスにもいたでしょ?

命を落としかねないイジメを受け続けた結果、ぼくは学校に行くのがイヤになってしまいます。中学卒業後、高校には通えませんでした。

つい去年までは「みんなが当たり前に手にする幸せ」が、ぼくにはとても手が届かないものなんだと思うと、いてもたってもいられない気持ちになったものです。

でもいまは、たま〜にそう思って悲しくなることもあるけど、あんまり自分を「負け」ているとは思わなくなりました。

人間なんて所詮は不完全な生き物です。

ぼくは「みんなが当たり前に手にする幸せ」が自分には手に入らないのだと思い込んでいました。

では、当たり前に手にする幸せってなんでしょう?

まわりの人たちを見て、ぼくが感じることは・・・

みんな似たり寄ったりじゃん。

ということです。

真面目に高校に行って、大学にも行って、そこそこ良い会社に入っても、疲れた顔をしてうつむきながら出社してるんじゃ世話ないよな。

そう思うと、自分の「負け」なんてたかが知れていることがよく分かります。

みんな気付けよ。レールなんて最初からないんだ。

s_OQx70jjBSLOMI5ackhxm_urbex-ppc-030

生まれる。しばらくするとしゃべり始めて、ハイハイをして、つかまり立ちをして、やっと立ち上がる。

幼稚園か保育園に通う。次は小学校。中学校。高校。そのまま就職する人がいれば、専門学校や大学に進む人もいる。

そしてやがて結婚して、子どもを作って、郊外に一戸建てを持つか、マンションの部屋を買う。車を一台所有して、お盆休みか正月休みには家族で旅行に行く。

昭和の中期ごろからか、こういう「人生のテンプレート」が世に広まりました。その当時は「人並みに頑張っていれば達成可能なテンプレート」だったのかもしれません。

しかし現代においては「かなり頑張らなければ達成できないテンプレート」になってしまいましたね。

そのテンプレートはとっくに破綻してますよ。

でも、可哀想なことに、多くの日本人はそうとも知らず「敷かれたレールの上を行けばいいんだ」と考えている。

そこから外れていった人を「負け」と見なして、いつでも自分が「勝ち」なのだという前提でものを見ている。

哀れですね(笑)

その足元にあるレールは「チョークで描かれた幻想」ですよ。

あなたが学生のころ、お父さんやお母さん、学校や塾の先生が、あなたの胸の中に勝手に描いたレールですよ。

ぼくはレールから外れて気が付きました。

「負け」ても「終わり」じゃないんですよ、べつに。

ぼくは穏やかな一日を過ごしています。

こうしてブログを書いて、まだちょっと生活できないけど、お金を稼いでいます。

自分の力でお金を稼ぐのは楽しいですよ?

ぼくには分からないけど、会社員には「自分の手でお金を稼いでいる」という実感はあるのでしょうか。

勝ち負けでものを見て、敷かれたレールの上で、言われたことをやる。

ぼくはどうもそれが「幸せ」であるようには思えません。

勝ち負けでものを見た瞬間、不幸が始まる。

s_photo-1457052271742-6b6b66887aeb

ゴールデンウィークやお盆やお正月。テレビに新幹線のターミナルや空港が映し出されて「今年も大勢のひとが旅行に出かけるようですね」なんてやってるのを見て・・・

「うちも旅行にでも行きたいわねえ、お金ないけど」

なんて言っているひと、いるんじゃないですか?

そしてそう言うひとのほとんどは「みんなお金があっていいわね」と思っていることでしょう。

うちはこんなにビンボーなのに。

と、思っていることでしょう。

その考え方って、幸せですか?

ぼくはそうは思わない。

むしろ不幸ですよ。

無いものをねだって、有るものにまったく気付かない。

心が苦しい時や憂うつな気分の時は「今あるもの」を数えるといいですよ。

2016.06.04

上の記事のように「あるもの」に目を向けてあげればいいのに。

良い大学出ても、中卒でヒキニートやってても、人生なんて精神的にはたいして変わらないんだ。

そう思うと、ちょっと笑けてきますよ。

元気が出る本を読んで元気になりましょうよ。元気が出る本を紹介します【随時更新】

2016.08.26

嫌な気持ちもあなたが選択したもの。気分は選択できるって知ってます?

2016.04.04
広告




フォローしてね!

感想をシェアしよう!

3 件のコメント

  • 勝ち/負け、でしか分けてなくて、
    幸せ/不幸せ、の分け方を無視しているのがミソ。
    勝ったけど不幸せ
    負けたけど幸せな人生があるのを皆わかっていながら無視している。

    • たじのさんへ。
      コメントありがとうございます!

      まさしくそのとおりですね。「勝ったけど不幸せ・負けたけど幸せ」という状態があるのは分かっているはずなのに、というのは激しく共感です。

  • あなたみたいに文章を書いて自分で生計を立てようとしているフリーランスの方はいてもいいと思います。
    自分でお金を稼いでいますから。
    しかし、そういったことをせず、ただネットを見ている引きこもりは許されるべきではないでしょう。
    ほとんどの確率で彼らは自分の殻に閉じこもり、自信を喪失していくでしょう。
    なぜなら彼らは自分に対して自信がないから引きこもっているから。
    つまり、放っておくとどんどん人との関わりが消えていく。これは社会のためにもならないし、人のためにもならない。
    だからこそ、私は生活保護の代わりに、ボランティアなどを義務付ける代わりに生活保護を支給すればいいと思います。楽をしていいことを覚えさせないためです。そしてそれでも社会復帰ができない人に対し初めて義務を伴わない生活保護を出すべきです。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です