ブッダの合理的な考え方。頭と心は使いよう?【反応しない練習 – 草薙龍瞬】

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まいど、ひきこもりブロガーの黒井です。

現代社会はたくさんの刺激にあふれてますよね。街へ出れば人の嵐。耳障りな雑踏。自動車や重機のエンジン音。むわっと暑苦しい人いきれ。バスや電車に乗ればぎゅうぎゅうのすし詰め状態。だれもかれもが肩をすくめてスマートフォンの明るいディスプレイに目を落としています。

あーヤダヤダ。

基本ひとのことがキライなぼくなんかは、都会の人混みなど、想像しただけで吐いちゃいますよ。上の文章を書きながらちょっと気持ち悪くなりましたもん。

でも社会生活を営む上では不可避の刺激もたくさんありますよね。会社で上司から理不尽なお叱りを受けることなんてザラにあるでしょう。世の中は理不尽ですよ。

心の問題、精神の問題を何ひとつ抱えずに現代を生きているひとなんているんでしょうかねえ。心の弱い、精神の弱いぼくには考えられません。

と、ぼくもついつい世の中の刺激に耐えられないのは心が弱い(精神が弱い)からだと考えてしまうんですけど、仏教の祖たる「ブッダ」は違いました。

ブッダは心が弱い、精神が弱いならそれを責めずに認めて、理解して、その上でなるべく反応しないようにすればいいと考えたんです。

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すべては反応からはじまる。

反応しない練習という本を読み始めてすぐにある文章に目がとまりました。これまで読んだどのメンタルヘルス系の書籍より分かりやすく、単純明快で、思わず「あ……」と声を出したほどでした。

私たちの日常は「心の反応」で作られているといっても、過言ではないのです。
たとえば、朝の通勤ラッシュで「今日も混んでいるな」とゲンナリする。これは、こころを憂鬱にさせる反応です。心ない相手の態度にイラッとする。これは、怒りを生む反応です。大事な場面で「失敗するかもしれない」と、マイナスの想像をしてしまう。これは、不安や緊張を生み出す反応です。人と会うときも、仕事をしているときも、外を歩いているときも――心は、いつも反応しています。

そこには悩みや恐怖や不安などの心を苦しくするものがどうして生まれるのかということについて書かれていました。仏教では何事もまず「心の反応」からはじまるというんですね。

巷にあふれる「心を楽にする考え方」「うつ病にならない考え方」というのは、あくまでも悩みや恐怖や不安に対抗するためのノウハウであって、悩みや恐怖や不安の出どころを抑えるものではありません。

悩みの始まりには、きまって”心の反応”があるのです。心がつい動いてしまうこと――それが悩みをつくり出している。”たった一つのこと”なのです。
だとすれば、すべての悩みを根本的に解決できる方法があります。それは――”ムダな反応をしない”ことです。

ブッダの合理的な考え方では「そもそも悩みや恐怖や不安はすべて心の反応から生まれてくるよね」という基盤があるので、とても分かりやすいんです。

心の反応を「最初からしない」ことを目指す。

ムダな心の反応をしないようにする……というと「じゃあガマンしなきゃいけないってこと?」という考えになってしまいがちですが、そうではありません。

イヤなことを頑張ってガマンするのではなく、ムダな心の反応を最初からしないという境地を目指します。それが仏教の修行なんですね。

座禅を組んで瞑想をしたり、滝に打たれるのも、気が散ってしまったり、寒い、冷たいと反応しがちな状況下において、それでも自分の心に意識を集中して「心の反応」を起こさないようにするためのもの。

悩みや恐怖や不安に耐えるのではなく、つねに心の反応を観察し、ムダな反応を起こしそうになったらすぐに心をリセットさせようという考え方。それこそがブッダの合理的な考え方なんです。

基本は「心の反応を見る」ことと「合理的に考える」こと。それだけ。

ブッダの教えというのは、ざっくりいうと心のムダな反応をやめて悩みから脱出してより良い人生を送ろうぜというもので、その実践的な内容はたったの2つしかありません。

2つの基本は以下のとおり。

  1. 心の反応を見る
  2. 合理的に考える

たったこれだけのことなんです。「反応しない練習」を読むかぎりでは仏教の基本は本当にこの2点だけ。こまかく見ていけばもっとたくさんの考え方のフレームワークがありますけど、そのどれもがこの2点のどちらかに属しています。

この2つの基本を組み合わせてよりよい人生を送るための頭と心の使い方を学ぶことこそ、仏教の教えの真髄なのかもしれません。

ブッダの考え方は「理解」からはじまる。

ブッダは物事を理解することを考え方の基本としています。まず悩みや恐怖や不安を「こういう悩みがあるんだ」と理解し、それから悩みには理由がある……とさらに理解を深めるんです。

ブッダの考え方は、私たちが日頃抱えている「悩み」を「理解する」ことから始まります。①「悩みがある」→②「悩みには理由がある」→③「悩みには解決策がある」と、順を追って「理解」していくことで、どんな悩みも確実に解決できるというのが、ブッダの合理的な考え方です。

理解すると、落ち着く。

いきなり悩みや恐怖や不安を解決(解消)するのはむずかしいですけど、悩みがあり、その悩みには理由があり、理由があるんだから解決策もあるに違いない……という視点に立つことならできそうです。

悩みや恐怖や不安というのは、かたちのあるものではありません。だからどうしても心のなか、頭のなかで、もうもうと大きくなっていってしまいます。考え過ぎの状態です。この状態では、解決するものも解決しませんし、精神的にもよろしくありませんね。

これだけでは悩みは解決されません。でもこうして理解を深めていくと、心のなかでもうもうと拡大し続けていた悩みが、すこ〜し、落ち着いてきます。

とりあえず「見てみる」

悩みや恐怖や不安を「理解する」というのは、現実を受け入れることとは違います。受け入れる必要はありません。そこにある現実を「あるなあ」と眺めるような感じで理解するだけで良いんですね。

  1. 心のなかに恐怖や不安があるなあ。
  2. 恐怖や不安にはその発生源となる原因があるはずだよなあ。

こうやって「理解」してみると、次には自然に……

さて、どうするかな。

そう思えてくるはずです。悩みや恐怖や不安を解決(解消)できない……と塞ぎ込んで見ないようにしている状態から、とりあえず、問題を見てみる。自分にはこういう問題がある。こういう満たされない思いがある。受け入れる必要はありません。とりあえず見てみるんです。

心の状態を見る習慣を身につけるだけで恐怖や不安は減っていく。

反応をせずに理解する。心の様子を確認するように見る。それが習慣化するだけで、自然とムダな反応を起こさなくなっていきます。

最後に、心の状態や体の状態を見る(意識する)方法を2つ紹介して終わります。

【1】心を言葉で確認する。

心のなかで起こっていることを声に出して確認することです。緊張しているなら「自分はいま緊張している」と声に出してみる。それだけ。心や体の反応をあるがままに「いまこういう感じだなあ」と声に出してみるんです。

【2】体の感覚を意識する。

目を閉じると視界はまっくらになります。でも自分の手や足がどこにあるかは分かりますよね。それは手や足に「感覚」があるからです。今度はこの体の感覚に意識を集中してみましょう。手をグーパーしてみて、手を動かすとこんな感じなんだなあ、手が動いている感覚があるぞ、と感覚に意識を集中させるんです。

心の状態をよく見ること。意識すること。

紹介した2つの方法は「反応しない練習」にも載っているムダな反応を止めて心を落ち着いた状態(また集中した状態)にするためのマインドフルネス瞑想のようなものです。

日々これらの方法を行っていると、心が反応しそうになったり、実際に反応してしまったとき、すぐに気づくことができるようになります。反応(あるいは反応しかかった心)に気づくと、自然に「反応」を見ようとするので、心はすぐに静かに落ち着いてきますよ。

あとがき:すべては心を見るところから。

巷にあふれるストレスマネジメントやメンタルヘルスの本には「こういう考え方をしよう」というものが多いですよね。でも人間そう簡単にこれまでの自分なりの考え方をガラリと変えることはできません。

ブッダの教えは「私の考え方を真似よ」ではなく「まず心を見てみよう」というものです。既存の考え方を丸呑みするのではなく、自分で自分の心を観察するという実践的な内容だからこそ、始めやすいんじゃないかしら……と思うんです。

少なくとも、ぼくにとっては始めやすかった。良い本と出会ったなあ。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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